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東京地方裁判所 昭和32年(行)69号 判決

東京都武蔵野市吉祥寺二千八十三番地

原告

大竹クリーニング株式会社

右代表者代表取締役

箕輪一郎

右訴訟代理人弁護士

中条政好

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被告

右代表者法務大臣

唐沢俊樹

右指定代理人法務省訟務局局付検事

森川憲明

法務事務官 小林忠之

大蔵事務官 簔輪恵一

平山平吾

右当事者間の昭和三十二年(行)第六九号法人税額確認請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告は被告に対し昭和二十九年四月二十一日より同年十二月三十一日に至る事業年度分法人税金十六万九千六百八十円の納税義務が存在しないことを確認する、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「(一)原告は昭和二十九年四月二十一日より同年十二月三十一日に至る事業年度分法人税につき昭和三十年二月二十八日に所得金額を六万六千六百二円として申告をし、さらに同年八月二十二日これを十五万五百八十五円と修正申告したところ、同月三十一日武蔵野税務署長は四十三万八千三百円と更正したので、原告は同年十月二日再調査の申立をした結果、所得金額は四十万四千円、法人税額十六万九千六百八十円と減額されたが不服なので、さらに昭和三十一年二月一日東京国税局長に対し審査請求の申立をしたところ、申立期間懈怠の理由で却下された。(二)しかし、前記年度には武蔵野税務署長が査定したような所得はない。原告は行政事件訴訟特例法による出訴の機会を失つたため、やむを得ず前記のような判決を求めるため本訴に及んだ。」

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告の主張事実中(一)のうち原告がその主張の日所得金額をその主張の金額に修正申告をしたこと、武蔵野税務署長が所得金額を更正した日が原告主張のとおりであることは否認するが、その余の事実は認める。武蔵野税務署長が更正したのは昭和三十年八月三十日である。(二)は争う。

二、元来行政処分はそれに違法事由が存在しても、判決または行政処分によつて取り消されない限り有効である。そして判決による取消とは、行政事件訴訟特例法第二条に基くいわゆる抗告訴訟によつてのみこれをすることができる。ただ、行政処分のかしが、重大かつ明白であるときは、取消をまたないで当然無効とされるから、この場合には当該行政処分を取り消す旨の判決を求めることをしないで、直ちに、その処分が当然無効であることを理由に、現に存する私法上もしくは公法上の権利または法律関係の存否の確認を求めることができるにすぎない。ところで、本件訴は、昭和二十九年四月二十一日から同年十二月三十一日までの事業年度分における原告の法人所得は武蔵野税務署長のした決定において認定したような額ではないことを請求の原因としてこれに対する法人税納税義務の不存在の確認を求めるのであるが、右決定には何ら違法の点はないし、仮りに原告主張のようなかしがあるとしてもそれは重大なかしには当らないのみならず、事実関係を精査してはじめて判明する性質のものであつて客観的に明白なかしとはいえないから右決定を当然無効とするものではない。それであるから前に述べた理由により、原告の本訴請求はそれ自体理由がないものとして棄却されるべきである。

理由

一、原告が請求の原因として述べるところは、昭和二十九年四月二十一日から同年十二月三十一日までの事業年度分の原告の法人税について、原告は所得金額を十五万五百八十五円と修正申告をしたところ、武蔵野税務署長が原告の所得金額を四十万四千円、法人税額を十六万九千六百八十円と決定したが、原告には右決定のような所得は存在しないから、これが法人税の納税義務が存在しないことの確認を求めるというにある。

二、然しながら、

(一)  仮りに、原告主張のように所得がなかつたとするなら、右決定は、存在していない所得を、誤つて存在するものと認定したかしある違法な行政処分であるといわざるを得ないけれども、そのかしは事業関係を精査してはじめて判明する性質のものであり、客観的に明白なかしとはいえないから、右決定は当然無効ということはできないのであつて、取り消され得るものたるに止まると解すべきである。

(二)  ところで、原告は右決定の審査請求申立期間を経過したため行政事件訴訟特例法による訴提起の機会を失つたので、本訴において納税義務の不存在確認を求める旨主張する。もし、当該行政処分に存在するかしが重大かつ明白であるときは、その処分は当然無効であるので、そのことを前提として現在における私法上もしくは公法上の権利もしくは法律関係の存否の確認を求めることは可能ではあるが、それが取り消し得るにとどまる場合には、まず、行政事件訴訟特例法第二条の定めるところに従い、訴願手続を経たうえ訴をもつてその処分の取消判決を得なければならない。けだし、行政処分のかしが単に取消事由となるに止まる場合には、行政処分をいつまでも不確定な状態に放置することが適当でないから、行政事件訴訟特例法第二条はそのような処分の取消を求めるにつきその前提として必ず訴願手続を経るべきことを定め、訴願手続を経ない場合にはいわゆる抗告訴訟を提起して行政処分そのものの効力を争うことができないとするのである。しかして、右訴願は適法なものでなくてはならないから、訴願手続において当該訴願が既に訴願期間を経過した後になされた違法なものであるために却下されたような場合には、適法な訴願前置の要件を欠くものとして抗告訴訟を提起することはできない。したがつて、取消事由が存在するにすぎない違法な行政処分は、適法な訴願手続を経なかつたことによつて抗告訴訟の提起は不可能となり、当該行政処分は爾後その効力を争われ得ないものとなる。

右のような点から判断すれば、本件決定が既に審査請求申立期間の経過によつて訴願を却下されたために抗告訴訟を提起することも不可能になつた結果、本件決定の効力を争うことができない状態になつた本件のような場合において、原告主張のような納税義務の不存在の確認を求めることは、既に争い得なくなつた行政処分の公定力に反してこれと異る権利関係を主張するものであつて、とうてい許されないものというべく、結局、原告の主張は採用するに由ない。

三、よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条および民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤完爾 裁判官 入山実 裁判官 秋吉稔弘)

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